わたしの偏愛「坂」 - 小海編 –
前回、佐久穂町で坂探しをしたときは、純粋に「面白い坂を見つける」という行為を楽しんでいた。
しかし今回、小海町の坂を歩いているとき、ふと疑問を感じた。
「私は今、なぜ?坂を歩いているんだろう……」
時は盆明け。まだまだ残暑厳しい日和に、あえて坂道を歩き回っている自らに問う。
「私は何を求めて坂へ……?」
そんなことを考えながら、小海町を練り歩いた一日のことを書き記したい。
坂の上の集落「親沢地区」

さて、小海の坂といっても、どこへ行こうか。
私は佐久穂町に住んでいて、思えば小海町のことを、あまりよく知らない。
まだ見ぬ町の姿に好奇心を膨らませながら、地図を広げるところから私の坂探しは始まった。
最初に訪れたのは、親沢地区。
私の大好きな山、茂来山への登山口があるそうだ。
ということは、きっと坂だらけに違いない!
その目論見は見事に当たった。

アキレス腱がぴんっと張る、歩きがいのありそうな勾配の坂だ。
そんな足元では、山から流れ落ちてきた水が、ごおおおと激しく鳴り響く。
「(水の量が)多いな」そう一人呟き、古き良き街並みを進んでいく。

佐久穂町を歩いたときも見つけた馬頭尊(※)。
ここ親沢では一本のメインストリートに何個も建てられていた。
なぜ、こんなに馬頭尊があるのだろう。
小海の中心地から約5km、急坂を登った先に位置する親沢地区。
かつてこのあたりで山仕事や農耕をするなら、馬は重要な存在だったのだろうか。
※馬頭尊:仏教の「馬頭観音(ばとうかんのん)」の一つであり、馬が人々の悩みや悪を食い尽くすということから、厄避けや供養の意味が込められたものと言われている

不自然にもこっと膨らんだ丘の上にお墓がある。
いや、むしろこの不自然さこそが、本来自然というものなのか。
山間の集落では、地形に対し、人々の暮らしをフィットさせてきたのかもしれない。

入り組んだ道にある「目ん玉ミラー」

歩いていると、やたらとカーブミラーが目についた。
しかもなんだか、誰かの視線を感じるような……。
そう、一枚ではなく二枚並んでいて、目ん玉みたいなやつ。

そうか。こういう「目ん玉ミラー」があるということは、見通しの悪い曲がり角が多いということだ。
坂のある町では、谷や沢を避けながら、道が複雑化する。
坂、馬頭尊、目ん玉ミラー。
集落のつくりを教えてくれる小さな手がかりは、どうやら身近なところにたくさん転がっているらしい。面白い!

坂の途中で偶然出会ったもの

一つ角を曲がると、奥の方に八ヶ岳連峰が見え、また一つ曲がれば見えなくなる。
角度や位置関係によって絶妙に景色が変わっていくのが面白い。

ちょっと辺鄙な道が好きだ。なにか面白いものと出会える気がしてならない。
メインストリートを外れ、住民しか通らないような小道を歩いていると、バイクに乗った郵便屋さんと出会った。
「こんなところを歩く人が?」という顔をしながら、すいすいと坂道を抜けていく。
しばらくすると、また別の角でバッタリ落ち合う。
そんなことを繰り返すうちに、郵便屋さんになんだか妙なシンパシーを感じ始める。
ぶうーん。
バイクの音が、なんだか心地よい。

何度か横目に入っていた黒い燃えかすのようなもの。
「はて、なんだろう?」とじっくり見て、こないだまでお盆だったことに気づく。
恐らく送り火や迎え火の跡だろう。
お盆の文化にあまり馴染みなく育った私には、こうした文化が残っていることがやけに嬉しい。
歩けば歩くほど、知らないものに当たる。
経験を重ねることは、未知を減らしていく行為だと思いがちだが、どうやら逆なのかもしれない。
暮らしの痕跡にそっと手を合わせ、集落をあとにした。
「守られた」仏像

ひとたび集落を出れば、そこは雄大な自然が立ちはだかる山道。崖の眼下に流れるは、見事な清流、親沢川。
感動しながら坂を下っていくと、ぽつんと置かれた小さな存在に気づき、思わず車を停める。

それは、小さな仏像だった。
背後の崖はきれいに舗装されているが、仏像だけが不自然に残されていた。
向かいには子宝の岩「女岩」があり、それと何か関係があるのだろうか。
人々が安心して暮らせるよう、手を入れてきた土地。
その一方で、昔からそこに在るものを、そっと守ってきた。
仏像の穏やかな表情を見ていると、なんだか私も「守られている」ように感じた。
墓までのコスモスロード
小海町の農産物加工直売所で休憩を挟み、坂巡り後半戦へと向かう。
少し歩き足りなさを感じていたので、あえて遠くに車を止めて歩く。

線路の下に、秘密への入り口かのような、小さな坂を見つけた。
くぐった先の世界にハッとした。暗がりの中には美しいハグロトンボが大量に飛び交っていた。
木漏れ日を浴びて羽はキラキラと光り、「神の遣い」と言われる所以にも納得だ。

そこから10分ほど急坂を登ると、卒道地区に辿り着く。
集落の入り口に立つと、オレンジ色のキバナコスモスの群生が出迎えてくれた。
まるで墓への花道だ。
生きた花々に彩られた道を、ぽつぽつと訪れる人たちが先祖のもとへ歩いていく。

やはり坂の上の集落には、なぜか魅了される。
卒道地区は、周囲からぴょんと飛び出すように位置している。
石切跡のようなものもあり、大きな赤茶っぽい岩があちこちに見受けられた。
なぜ、わざわざこの場所に集落を築いたのだろう。
坂を歩いていると、こういう「なぜ?」が次々と出てくる。
「卒道」という名前の由来も、気になるところだ。

つい目を奪われてしまう「お花畑」カーブ

坂巡りの締めに向かったのは、松原湖へ向かう道中にある坂。
ここは普段からよく通る道だが、なにせかなりの急カーブなので、運転に集中しなければならない。
そんな場所に、つい目を奪われてしまう、なんとも豪華なお花畑が広がっているのだ。

一体、誰が、どうして、こんなところに?
できればここに車を停めて、ベンチに座って、ゆっくり眺めたいくらいだ。
それとも、横目にちらりと見えるくらいの方が、やけに脳裏に焼きつくものなのだろうか。

「坂」というメガネをかけて

最後にもう一つ、おまけの坂。
無事に坂巡りを終え、豆腐屋さんにでも寄っていこうかと向かうと、
いつも見ているお店の佇まいが、とても愛おしく見えた。
なんだろう。
心が動いた坂を探し歩いているうちに、坂が一つの町を見るためのフックとなっていた。
いつもの景色が、少し特別に見える。
「(カッコ)的眼鏡」とは、まさにこういうことじゃないか……!
私が坂に惹かれる理由は、もしかすると、坂そのものではないのかもしれない。
坂を入口にして、人や町の「営み」を垣間見る。
町を知りたいから、坂に惹かれる。
これが私の、偏愛スタイルだ。
みなさんも坂メガネをかけて、いつもの町を歩いてみてはいかがだろうか。
<今回小海町で巡ったざっくり坂マップ>
