文字さがしまちあるきーー佐久穂町編
まちを語るときに、まちあるきは欠かせない。そんな文脈でまちあるきを語られると、少しハードルが高く感じられがち。でも、まちあるきって、本来は崇高なものでもない。目的とか、行き先とか、実はどうでもよい。まちを歩いている、シンプルにそれだけで、まちあるきになるわけで。
とはいえ、目的もないのに歩くなんてできない、とよく言われる。確かにそれも分かる。何か頼りになる道しるべ的なものがある方が、きっと歩きやすい。
例えば、お気に入りのテーマが見つかると、途端にまちあるきのハードルは低くなる。私は文字(タイポグラフィ)が好きだから、昔の看板を見つけるだけでも楽しい。そんなふうに、どこかを歩くときには、何か自分の中での設定を決めていくのも、ありだ。
今日は天気がいいから、どこかを歩こう。
じゃあ、佐久穂町で「さ」「く」「ほ」「ま」「ち」という文字を探してみようかな。
こんな思いつきで、全然かまわない。せっかく思いついたから、実際にやってみようと思う。これは、そんなある日のまちあるきの記録。
文字さがしまちあるき、佐久穂町役場からスタート
というわけで、唐突に始まった文字さがしまちあるき企画。見つからなかったらどうしよう。無計画な旅がおもしろいように、なければないことを楽しめばいい。
歩く前に、自分の中で今日のルール設定をする。「佐久穂町」という文字群の中からは抽出禁止、できれば個人商店の看板とか固有のフォントであること。ひらがな・カタカナは問わない。
早速、佐久穂町役場から歩き始めることにした。


歩いて10分も経たずに、看板がたくさんあるエリアに到着。早速ひとつ目の文字、「ま」を発見。幸先が良い。
全体的に力強い「ま」。自信がみなぎっている。でもよく見ると、トメやハネの筆致が繊細。
こんなすぐに見つかるとは、ちょっと簡単すぎる企画だったか?

そのまま栄橋を渡り、突き当たりへ。またしても、「ま」発見。しかし、すでに「ま」は採集済みだ。残念。
この後も、「ま」にはよく出会うこととなる。もしかすると、店名などに使われがちな文字があるのかもしれない。
しりとりの「る」の原理と同じように、文字さがしまちあるきはワード設定で難易度が変わるのかも?
文字を探しつつ、裏道へ
30分やそこらでコンプリートしてしまうのではおもしろくないので、看板の多い商店街はあえて避け、裏道へ向かう。
踏切にも、よく見るといろいろな文字が溢れている。漢字が多め。じっくり読むが、お目当ての文字はない。


このまま道なりにしばらく歩くも、民家が並ぶエリアには、思った以上に文字がない。表札くらい。しまった、道を誤ったか。でも、裏道散歩は楽しい。
気の赴くままに歩いていると、遠くから踏切の音がした。小海線だ。

いい感じの“せぎ(農業用水路)”と、小海線が並走するスポット。こんな場所があったんだ。こういう予期せぬ発見は、無計画であるからこその恩恵。
小海線が通り過ぎた後、今一度表通りに戻ることを決心。踏切を渡ろうとすると、再びいくつかの看板や標識が。
目当ての文字はないだろうか、隅々まで読み込む。すると……


あった!「く」発見。この時の私の気持ち。きっとみんなが想像している5倍くらいは、うれしい。ちょっとクセになりそうだ。
これで2文字が集まった。残り3文字。再び看板エリアへと歩みを進める。
ひとつあるものは、たくさんある?の法則
店の看板は、漢字やアルファベットも多く、ひらがなやカタカナがゲットできない。うーん、そろそろ店の並ぶエリアが終わってしまう。どうしよう。と思ったその時……

ホース!!ホース格納箱!!!消防団に感謝!!!!

「ホ」。カタカナも採集対象だ。ステンシルで書かれたものなのだろうか。経年変化により少し掠れていい感じ。手かなにかで擦った跡が見えるのも、いい味を出している。
格納箱を接写している私、だいぶ怪しい人だろう。

そのまま歩くとすぐ先の店の看板にも「ホ」。おお、ひとつ見つかるとたくさん出てくるパターンか。どちらもカタカナというところがおもしろい。
「く」「ホ」「ま」を採取したものの、看板エリアが終わってしまい、少し焦り始める。この時点で所要時間は1時間ほど。暑い。
とぼとぼと歩いていると、佐久穂のオアシス、『mikko』が見えてきた。困った時には誰かに聞くのが一番。店に入ると、たまたま来ていた友人にも遭遇。
この辺りに、「さ」か「ち」がある場所を知りませんか?そんな意味のわからない質問にもきちんと考えようとしてくれる優しさが、沁みる。

一生懸命考えてくれたけれど、残りの2文字がある場所を明確に指し示すことは誰にもできなかった。
そもそもほとんどの人は、日常の景色のどこにどんな文字があるかなんて見ていない。断片的な文字を探すことは、今まで見ていなかったものを、目を凝らして探すという行為なのだ。
半分諦めムードの中、ドーナツをオーダー。するとその次の瞬間、目の前のフライヤーに、あったのだ。「ドーナツたち」という文章の中に、「ち」が。
灯台下暗し、とはこのこと(固有フォントであれというルールは、ここで放棄することにした。そういうゆるさで、全然いい)。

虫捕り、ならぬ、文字捕り、いや、きっと文字採り
「ち」が見つかって喜んでいると、友人が「なんだか、虫捕りしてるみたい」と言った。そうかもしれない。
文字を探すことは、どこにいるかわからない、いるかどうかもわからない、虫を探すのと、とても似ている。文字を採集するという意味では、“文字採り”か。うーん、言い得て妙。(ちなみに、変態だね、とも言われた。ほめ言葉としてありがたく頂戴することにしよう)
人と話して少し元気が出たので、再び歩き出す。すると程なくして、探し求めていた最後の文字を見つけることとなった。


『さくほっこ』の入り口付近に立つ、以前ここにあった学校の歌をうたった石碑。この歌詞をじっくり読んだのは初めてだったけれど、刻んであった、「さ」が。
過去のことを石に刻み未来へ残すという、人がはるか昔からやってきた営み。そのずしりとした重みを期せずして実感する。人は、こうやって文字に思いを託していくんだ。文字ってすごい。
きっと石を削る道具で成されたのであろう、スッとした筆の入り。深く彫られた部分に、たまる土。
大抵、石に刻む文字というのは大切なものだ。墓石しかり、記念碑しかり。だからなのか、やはり他とは違う佇まいがあるような気がする。思わず手を伸ばして、そっと撫でてしまいたくなるような。
今日最後の文字を、写真に収める。それとともに達成感が、全身を包んだ。
ーー
南佐久大橋を渡り、町役場へ戻った。ゴールまでの時間は、出発してから2時間弱。ちょうどよいまちあるきとなった。
終わった後の余韻は、次のまちあるきへのモチベーションとなる。そういう意味では文字さがしまちあるきは、なかなかおもしろい試みだったかもしれない。
集まった文字たち。家に帰って文字を並べるまでが、「文字さがしまちあるき」です。

