よく知っている町の知らない顔。小海と佐久穂を一気に歩いて見えたこと

2026.10.25児嶋 佑香

よく知っている町の知らない顔。小海と佐久穂を一気に歩いて見えたこと

移住してから歩いて移動することが少なくなった。たしかに家の周りを散歩するのは、気持ちがいい。でも目的地を決めて歩こうとすると、途端に面倒になる。

スーパーだって図書館だって歩いていけないことはない。実際に歩いていったことだってある。でもたいていは、誘惑に負けて車のエンジンをかけてしまうのだ。

地方での暮らしは「身体を動かしていて、健康そう」とイメージされがちだ。でもそれは主に、農業をしている人のイメージでしかない。実際は都会の人よりも歩かない。

歩いていると「この前あそこ歩いていたよね」と次に会ったときにすかさず言われる。それくらい、歩いている人が珍しいのだ。

思い返せば移住したばかりの頃は、山や川、滝など、目に入るものすべてに感動していた。でもだんだんと新鮮さが薄れ、わざわざ歩こうと思わなくなっていった。

それならば理由をつけて歩こう!そうだ。小海町の端から佐久穂町の端まで歩いたら何が起こるだろう?

新たなこうみ・さくほの魅力が見えるかも。

知っている道でもあらためて歩いてみると、新たな発見がある

というわけでこうみ・さくほ通信のライター「りかどの」と一緒に小海町の端「松原湖駅」から佐久穂町の端「羽黒下駅」まで歩いてみた。距離は13キロだ。 

松原湖駅は標高986m。ゴール地点の羽黒下駅は740mだ。240mくらい標高が変わるが、下りなので楽だ。登ることに慣れていない人は、逆のルートだとつらいかもしれない。こうみ・さくほは坂が多い地域なので、歩く際はぜひ傾斜がどのくらいあるかを意識してほしい。

スタート地点の松原湖駅。無人。山梨側に5駅行くと、小海線の最高地点「野辺山駅」がある。

松原湖駅という名前だが、松原湖駅までは2キロ以上あって長い坂をずっと登っていくことになる。以前我が家から松原湖まで歩いたのと軽い山を歩いたときの運動強度*を比べたら、松原湖まで歩いたときの方が高くて驚いた。

*運動時のきつさのこと。登山のアプリを使って比較した。

松原湖駅を出ると、色とりどりのお花たちと小海町の妖精・プティリッツァが迎えてくれる。朝顔を見ると懐かしさを覚えるのはなぜだろう。

よもぎや葛などいろんな植物を見ながら、歩を進める。

これまで何度も通ったことがある道なのに、水力発電の装置があることに初めて気づいた。

お散歩しながら水が流れているのを見ると、気持ちいいと感じるのは、日本人共通なのだろうか。

道中には畑で作業している人がいて「こうみ・さくほ通信」の企画で歩いていることを話すと「えらいね〜」と言ってくれた。外に興味を向けて行動していることを褒めてくれたようだ。

小海駅に到着。今回の旅で最も大きい駅だ。知り合いに挨拶し、歩みを進める。

小海駅の裏の住宅街にはクリーニング屋さんや写真館などがあって、なんだか懐かしさを覚える。

「道の真ん中に駐車場があるー!」とりかどの。たしかに不思議だ。駐車場は道の端、建物のすぐ横にあるものがほとんどだろう。道路の真ん中に車を停める場所なんて初めて見た。

今回の旅で、踏切に名前がつけられていることも初めて知った。

たしかに名前がないと、何かが起きたときに「どこどこにある踏切が〜」と説明が長くなる。でも名前があれば即座に説明できる。

この日はやたらとクモの巣が目についた。

「なんでこんなつき方をするんだろう?」歩くことで、いろんな疑問が湧く。

後で「これはクモの巣ではなく、アメリカシロヒトリの巣なのではないか」と教えてもらった。アメリカシロヒトリの幼虫は、植物の葉を食べてしまうそう。私が歩いたのは9月初旬だったので、幼虫の発生時期とも一致している。

車は便利だけれど、ちょっとした気づきや疑問に出会うチャンスを失っているのかもしれない。

よく知っている町の知らなかったこと

馬流駅に到着。家と駅の境界線がほとんどない。

おとなりの高岩駅も道路の真ん中から駅が始まっていた。

小海町も佐久穂町もよく知っている町なのに、こういう駅があるなんて初めて知った。いつも車で移動してしまうからなかなか駅には寄り付かない。電車に乗ったとしても、電車がどんな駅を通過しているかなんて全然気にしていなかった。普段いかに町の景色に目を向けていないかがわかった。

歩くから感じられる町のグラデーション

馬流駅の近くのお墓の前に散策できそうな森があった。誰かの敷地かもしれないので入ってはいないが、中からはびっくりするくらい多様な鳥の声が聞こえた。

お墓ってたいてい自然が多い場所にある気がする。自然豊かな場所にあるのはなぜだろう?

森を後にし、再び次の駅に向かって歩き出す。しばらくは鳥の声がよく聞こえたが、次第に鳥の声が聞こえなくなって虫の声に変わった。すると今度は、草刈り機など人の営みがよくわかる音がするようになった。歩くと町のグラデーションがよくわかる。

八千穂駅まで歩くと駅前にお店もでてきて、自然よりも人の気配を感じられるようになった。

思わずパンも買ってしまう。

次の海瀬駅の近くにもお店がたくさんあって、ドーナツやらお豆腐やらを買ってしまった。

最初は植物に注目していたのに次第に道に注目するようになり、今度はお店ばかり追いかけている。街の特徴に合わせて私の行動も変わっていくのがわかった。

羽黒下駅に到着すると、私たちの旅も終了だ。

今回私たちは、松原湖駅から羽黒下駅までを6時間かけてゆっくり歩いた。車で走ればあっという間に通り過ぎてしまう距離だけれど、歩くことで普段は目を向けない場所に注目することができた。

歩き始めは道端の植物に目が向いていたのに、森の近くで鳥の声を聞いたのをきっかけに、周りの音に意識が向くようになった。街中に入ると道のつくりやお店が気になり始め、気づけば、まるで観光客の食べ歩きのように買い物を楽しんでいた。

小海町、佐久穂町とひとくくりにしてしまいがちだけれど、自然豊かな場所もあれば、人の暮らしが感じられる場所もある。歩いたことで、ひとつの町の中にもさまざまな表情があることに気づかされた。

目的地へ着くことだけを考えて歩くと、途中にあるものを見過ごしてしまう。でも、歩くことそのものを楽しんでみると、目や耳などいろんな感覚を使って町を味わうことができた。

便利な世の中だからこそ、早く目的地にたどり着くことだけではなく、過程を楽しむことも大事にしたい。