行くたびに深くなる愛「茂来山」に通う人々の胸に秘めた想い
2年前に小海町に引っ越してきて、毎週のように山に登るようになった。
職場では「よくそんなに登りますね」と半ば呆れられていて、地域に住む人の中には山にあまり関心がない人も多かった。
聞くと長野県では学校のイベントで登山があるらしく、それがつらい思い出となって山が嫌いになってしまう人が多いそうだ。
県外から移住した山好きの私からすると「こんなにきれいな山々が近くにあるのにもったいない」と思うが、そんなことは余計なお世話だ。
私は同じ山に登るというよりは、いろんな山に登ることが好きで、週末は大方小海町の外にいた。
ある日太郎山という上田の山に登ったときに、年に300日訪れている人に出会った。1年は365日だから週に5日以上!驚いた。
そのおじさんと一緒に歩いていると「あの人も、この人も知り合いだよ」と言っていて、太郎山には毎日のように来ている人が多いと知った。
山梨県甲府市の湯村山に行ったときも同じようなことがあった。
私にとって登山は非日常を味わうものだが、彼らにとっては日常のようだった。そこで私が住んでいる小海町と佐久穂町にまたがる茂来山にも、同じように日常的に通う人がいるのではないかと思って聞いてみることにした。その結果、週5日とまではいかずとも、茂来山を愛し通い続ける人々が見つかった。

遠くの山に行かなくても
はじめにお話を聞いたのは、佐久穂に住む高見澤義人さんだ。
高見澤さんが最初に茂来山に登ったのは、今から30年前のこと。旧佐久町(合併前の佐久穂町)の公民館主催で10月10日の10時10分に茂来山に登ろうという企画があって夫婦で参加したそうだ。50代のときのことだった。

それまでは日本百名山を夫婦で巡っていたという。
ある日埼玉県の両神山に登ったときに「そんなにいろんなところに行かなくても、長野県には百名山よりもいい山がたくさんありますよ」と言われたそう。それからは日本百名山にこだわらず、近場の山を歩くようになった。
同じ頃に富士山にも登り始め、84歳になった今日まで毎年登り続けている。富士山には「富士山高齢者登拝者名簿」というものがあり、数え年で70歳以上の人が山頂の神社で名前を記入できるようになっている。1年が終わると年齢の高い順、同じ歳であれば登頂回数が多い順にランキングが作成される。高見澤さんは、このランキングで50位になるまで挑戦を続けたいという。
そんな高見澤さんは茂来山にも毎年必ず元旦に登ってご来光を見るという。日本一高い富士山とふるさとの山「茂来山」。この2つに毎年登ることが、高見澤さんが元気でいられる秘訣なんだとか。

茂来山に元旦に登る人は30〜50人いるという。その中でも茂来山への思いがひときわ強い井上さんと新津さんという方が、元旦に登る人たちをまとめて「茂来山を愛する会」と名付けたそうだ。彼らは「茂来山には標高が書かれたものがないから作ろう」と声をあげ、高見澤さんを含めた4人で石碑を山頂まで運んだ。

山頂の看板や石碑は県や市町村などが作って置いているものだと思っていたので、個人が背負っていったと聞いて驚いた。
元旦の茂来山ではみんなで焚き火をしながらご来光を待ち、太陽が顔をだすとみんなで万歳三唱をする。ホラ貝を吹く人や空砲を打つ人もいてなかなか賑わうらしい。自分が決めた回数を登ったら、記念にボールペンを作ってみんなに配る人もいるという。

高見澤さんにとって茂来山は「身近に感じ、楽しませてくれる山」だという。朝玄関を開けるといつも変わらずにそこにあって、田畑で仕事中のときも見守ってくれる。元旦に茂来山に登ったときは、無事に登れたことを山の神に感謝し「今年もよろしくお願いします」という気持ちになるそう。今、高見澤さんには「小海側からの登山道をもっとみんなが登りやすいように整備したい」という気持ちがあるという。整備の際は、私もぜひとも参加したい。
いつも登っている山だからわかること
続いて佐久市に住む小林さんにお話を聞いた。小林さんは「茂来山に1000回登る」という目標を掲げ、今年無事にその目標を達成した。
小林さんは旧臼田町で育ち、23歳のときに山岳会に入った。前述した多くの長野県民とは違い、学校登山で硫黄岳に登ったときの景色が忘れられず、大人になってから「また登山をしたい」と思ったそう。茂来山を眺めながら育った小林さんだが、若い頃はアルプスの縦走や沢登りで忙しく、地元の茂来山は老後の楽しみにとっておこうと思っていた。
そんな小林さんが茂来山に登るきっかけとなったのは、約10年前に元旦に登ったこと。知り合いが元旦に登っていることを知り、自分も行ってみようと思ったのだ。
まだ定年退職を迎えていないが、休みの度に登って1000回の目標を達成した。1日2回登った日もあった。
「今まで登山でいろいろな目標を掲げてきましたが、何ひとつ叶いませんでした。でもこの目標はやるかやらないかの問題だけだったから」と小林さんは言う。

茂来山の登山口は小林さんの家から車で30分。かつてのように遠征しなくても日常の中でトレーニングができるのがいいという。
「毎週のように茂来山に登っていて登りたくない日ははないんですか?」と聞くと「あまりないですね。日を空けちゃうと体力を元に戻すのが大変なので、なるべく空けないようにしています」と言っていた。

山頂にあるこの看板は1000回登頂した記念に小林さんが寄付した。かつて標高を証明するものがないことに気づいた新津さんたちが標高が書かれた石碑を置き、今度は看板がボロボロになったことに気づいた小林さんが新たな看板を置く。そんなふうに、こうみ・さくほに住む人々が世代を超えてみんなのために気づいたことを行う姿に胸が熱くなった。
小林さんは毎週同じ山に来ていると、山の新陳代謝を感じるという。毎年役目を終えた木が2〜3本倒れている。小林さんはノコギリを持って入山し、通行の邪魔になる木をどかしながら歩いているそうだ。


「そうやってほかの登山者のために行動できるなんてすごいですね」と私が言うと「登山道を使わせてもらっているから」と小林さん。
“使わせてもらっている”
とにかく山で冒険がしたくて、いろんな山をズカズカ歩いてきた私には、「山にお邪魔している」という感覚が欠如していたかもしれない。
地域の外を見ていたお二人が中を見るようになって、誰に頼まれたわけでもないのにふるさとの山のために行動するようになった。そして私も自分が住む町にある茂来山に興味が湧いた。きっと次の元旦は茂来山にいる。茂来山に行く回数も増えるのだろう。外から中へ。何かのきっかけで視線の方向を変えることで、私たちの行動は変わるのだ。

後日もう一度茂来山に登って、ノートに登った証を残した。「小林さん、今日はまだ来てないみたいだな。他にどんな人が来ているんだろう?」そんなことを考えながらノートに文字を走らせることが楽しかった。一緒に歩いた登山初心者の人が山頂からの景色に感動してくれたのもうれしかった。こうやって回を重ねるうちに、地元の山への愛が深くなっていくのかもしれない。

※お二人とも「自分なんて登り始めたのは最近。もっと想いの強い人たちがいる」と度々仰っていたので、別の機会にほかの方々のお話も聞いてみたい。