酪農が続く町のしくみと、めぐる牛糞の話。大人の社会科見学@八千穂TMRセンター

2026.06.23あさりゆうみ

酪農が続く町のしくみと、めぐる牛糞の話。大人の社会科見学@八千穂TMRセンター

酪農というと、北海道のような広大な牧場の風景を思い浮かべる。だから正直、佐久穂町に酪農のイメージはほとんどなかった。

けれどある時、この町には7戸の酪農家と400頭以上の牛がいて、おなじみの「ポッポ牛乳」にも、佐久穂町の生乳が使われていることを知った。しかも全国的にも珍しく、すべての酪農家に若い後継者がいるという。

佐久穂町の野菜農家で働く夫から「町内の牛糞を活用した堆肥が、かなり良いんだよね」と聞いたことも相まって、私のなかにはこんな問いが芽生えはじめた。

なぜ、この町では酪農のバトンが次世代へつながっているのだろう?

なぜ、野菜農家との連携までうまくいっているのだろう?

もしかして佐久穂町の酪農って、なんかすごいのでは……?

気になって調べるなかで、鍵となる存在として浮かび上がってきたのが「八千穂TMRセンター」という施設だ。

正直、最初は名前を聞いても何をする施設なのかピンとこなかった。けれど実際に訪問してみると、そこは地域の酪農の未来を支える、想像以上におもしろい場所だった。

このおもしろさを、多くの人と共有しなくては───! そんな謎の使命感のもと、今回は八千穂TMRセンターを舞台にした大人の社会科見学の記録をお届けする。

毎月550トンの“牛のごはん”づくり

八千穂TMRセンターは、中部横断自動車道・八千穂高原ICを降りてすぐの場所にある。

JAの倉庫だった施設を活用した広い作業場には、牧草の束や大きな袋が山積みになり、フォークリフトが絶えず行き交っている。その中でもひときわ目を引くのが、牛の餌を混ぜ合わせる2台の巨大な機械だ。

大型バスのようなサイズ感に、思わず圧倒される

TMR(Total Mixed Ration)とは、牛に必要な栄養をバランスよく混ぜ合わせた飼料のこと。TMRセンターは、いわばその餌をつくる工場であり、全国の酪農地域にも広く見られる。

「酪農家にとって、餌づくりはかなり負担の大きい仕事なんです。そこをTMRセンターが担うことで、個々の負担を減らせる。さらに、原材料を一括で仕入れることでコストも抑えられます」

そう話すのは、八千穂TMRセンター設立のキーマンであり、運営の中枢を担う有賀文泰さん。大手飼料メーカーの営業として20年以上、各地の酪農家を回ってきた経歴を持つベテランだ。

八千穂TMRセンターでは、1カ月あたり約550トンもの飼料を製造している。しかもただ大量につくるのではなく、個々の酪農家の要望に応じて配合を細かく変えているという。

配合をある程度統一するTMRセンターも多いなか、ここまで細やかな個別対応を行うのは、八千穂TMRセンターの大きな特徴の一つだ。

機械には、酪農家ごとの「配合レシピ」がたくさん貼られていた

有賀さんは、そんな自らの仕事を「たぶん、日本一めんどくさい飼料設計の仕事」と笑う。

実際、使う原材料は20種類以上。りんごかす、醤油かす、ビールかすといった、国内の食品加工現場で出る副産物も積極的に活用している。輸入飼料の高騰が続くなか、新しい原材料を開拓しながら、良質かつ現実的な価格の餌づくりを追求しているのだ。

そうした原材料はその都度分析にかけ、品質を見ながら配合を調整していく。さらには牛の食べ方や食べ残しまで見ながら改善を重ねるというのだから、その仕事はまさに職人技だ。

「“体にいい”と“おいしい”は別問題。人間だって同じでしょう?」

そんな有賀さんの話を聞いたあとに改めてTMRを見ると、不思議ととてもおいしそうに見えてきた。

ふわふわでおいしそうなTMR

堆肥がつなぐ、牛と野菜

一般的に、TMRセンターの役割は牛の餌をつくること。なのに八千穂TMRセンターでは、牛の糞尿を堆肥化し、「八千穂堆肥」として町内外へ販売する役割まで担っている。

実は、同じ地域に畜産農家と耕種農家(※)がいても、牛糞が堆肥として十分に活用されていないケースは意外と多いのだとか。素人の私からすると「もったいない!」と思ってしまうが、個々の畜産農家がつくる堆肥は品質にばらつきが出やすく、量の安定供給も難しいため、耕種農家にとっては使いづらい側面があるらしい。

一方佐久穂町では、町が整備した土づくりセンターを八千穂TMRセンターが運営。町内すべての酪農家の糞尿をまとめて堆肥化することで、品質の均一化と安定供給を実現している。

さらには外部の専門家の監修も入れ、耕種農家に本当に喜ばれる品質へと改良を重ねたというのだから驚きだ。

牛の糞尿の堆肥化を行う、土づくりセンターの内部

「堆肥でここまで力入れてるところって、たぶんないと思いますよ。普通はやらない。だって儲からないもん」

と有賀さんは笑う。実際、堆肥づくりには大きな設備投資も手間もかかる。それでも取り組むのは、「地域の中で循環する仕組みをつくりたい」という思いがあるからだ。

耕種農家にとっては、化学肥料の価格高騰や国際情勢の不安定化が続くなか、地域内で堆肥を安定確保できることは大きな支えになる。

酪農家にとっては、本来なら処分費がかかることも多い牛糞を、八千穂TMRセンターが堆肥の原料として買い取ってくれるため、収入の一部になる。

こうした持ちつ持たれつの関係があるからこそ、地域の産業が守られていく。

部屋状に分かれた発酵槽。発酵の進み具合を見ながら、堆肥を順番に移していく

こうした堆肥を軸にした循環は理想的で、本来なら当たり前であってほしい仕組みだ。けれど現実には、手間もかかるし利益にもなりにくいからこそ、「それでもやる」という意思を持った人がいなければ成り立たない。佐久穂の循環は、そうした誰かの祈りのような意思によって成り立っているのだなあと、胸が熱くなった。

(※)耕種農家…田畑を耕し、米、野菜、果物、花きなどの農作物を栽培して生産する農家のこと。家畜を育てる「畜産農家」と対になる言葉。

酪農家による、酪農家のためのセンター

近隣では前例のなかったTMRセンターを立ち上げ、普通はやらない堆肥づくりにも力を入れる。有賀さんの話を聞いていると、並々ならぬ情熱を持った人、という印象を受ける。思わず「その熱意はどこから来るんですか?」と尋ねると、返ってきたのは意外な答えだった。

「別に、熱意があるってわけじゃないんです。長年酪農に携わっていると、こうしたほうがいい、こうしなきゃ続けていけない、というのが見えてくる。それを一つ一つやっているだけ」

その言葉を聴きながら、八千穂TMRセンターは理想論から生まれたのではなく、酪農という営みを地域に残していくために必要なことを、現場で一つずつ積み重ねた先に生まれた組織なんだなあと腑に落ちた。

有賀さんと、堆肥の切り返しに使うホイールローダー

そうした現場目線の活動を可能にしている理由の一つが、酪農家主体の運営体制だ。

一般的に、TMRセンターはJAや飼料会社によって運営されることが多い。しかし八千穂TMRセンターは、100%酪農家出資で成り立っている。酪農家自身が出資・運営するからこそ、利益だけにとらわれず、現場で本当に必要なことを軸に動けるのだ。

こうした体制は、全国的にも珍しいという。

「よく“先進的ですね”と言われますけど、やっていることは昔ながらの協同組合と同じなんです。個人では難しいことを共同化して、困りごとがあれば知恵を持ち寄って助け合う。

酪農は、楽に儲かる仕事ではありません。でも工夫次第で、重労働を減らし、コストを抑えながら、続けられる仕事にしていくことはできる。私たちの世代でそういう仕組みをつくって、若い世代にも『酪農って、ちゃんと食べていける仕事なんだ』と思ってもらえるようにしたかったんです」

ここまで話を聞いて、長野県全体では酪農家の戸数がここ10年でほぼ半減するなか(※)、なぜ佐久穂町では酪農のバトンが次世代へつながっているのか、その理由がわかったような気がした。

(※)出典:農林水産省「畜産統計調査」。長野県内の乳用牛飼養戸数は、2014年の392戸から2025年には203戸まで約48%減少している。

「かっこいい仕事」のある町

取材を終えた帰路、私の胸を占めていたのは、ちょっと体温が上がるような興奮と、「私もこんなふうにかっこいい仕事がしたいなあ」というまっすぐな憧れだった。

自己実現や利益のためだけではなく、「この地域に本当に必要なものは何か」を問い続けながら仕事をすること。それは決して派手な仕事ではないかもしれない。けれど、目の前の課題に向き合いながら、地域に必要な仕組みを一つずつ形にしていく。その姿が、私にはとてもかっこよく見えた。

これからポッポ牛乳を手に取るたびに、私はきっと、その背後にある営みにも思いを馳せるだろう。牛を育てる酪農家はもちろん、その営みを支えるTMRセンターや、堆肥を通じてつながる耕種農家の姿まで含めて。

長野のスーパーではおなじみの「ポッポ牛乳」。佐久穂町の生乳も使われているとは、今まで知らなかった

全国のロールモデルになり得るような仕事が、この町にはある。そのことを知ってから、見慣れた佐久穂町の風景が、少し誇らしく見えるようになった気がする。

この町には、私の知らない「かっこいい仕事」が、きっとまだまだたくさんあるに違いない。そう考えると、もっと町のことが知りたくなった。